2017年08月04日

庭猫ウシの最期

20170804.jpg2歳位に見えるホルスタイン模様の野良猫がやって来たのは、今から7年程前のことだ。呼び名はその模様からウシと付けた。最初は、先住2匹の猫のエサを横取りしに顔を見せていた。それに慣れるに従って、オス猫が自分だけと分かったのだろう、我がもの顔で仕切るようになり、とうとう居ついてしまった。

そして翌年には、先住の三毛猫のニャーに強引に迫り、自分と同じ模様のオス猫を産ませた。ウシの子だからウシコと名付けたこの子が、自分の子と知ってか知らずか、食事の時も昼寝の時も一緒に過ごす事が多かった。
可愛がっていたウシコが2歳を前にして交通事故で亡くなった時には、幾日か昼に夜に探し回り涙を誘った。庭にお墓を作るとその周りにずっと座っていたりもした。

野良猫の寿命は、完全室内飼いの約15年に比べ三分の一の5年とも言われる。ウシの場合は、軒下のダンボール小屋が住まいの庭猫で、朝晩の餌は結構上等なものを食べさせたので、栄養満点で毛艶も良かった。アレルギーを持っていて、年中 目の周りがクシャクシャになり、鼻水を垂らしていたが、動物病院には去勢手術以外に掛かることは無かった。
家の脇の通りを通る子供達にはウシのファンが多く、姿を見えないと「ウシはいないの?」などと気に掛けてくれようになっていた。

そんなウシが今から一年半前に餌を飲み込み辛くなり、病院に連れて行った。歯周病と分かり、小さい前歯を残して12本も抜歯し、歯肉炎の手術も受けた。この後、柔らかい餌に替えて食欲も元に戻り、近頃では他の猫用の固い餌にまで首を突っ込み横取りするまでになっていた。

7月10日ころ2日間全く姿が見えず、置いておいた餌も食べ形跡がなく心配していた。三日目の夕方、痩せ細り右脚を引き摺りながら姿をみせた。スープを少し飲んだものの缶詰には口も付けず、水を沢山飲んで、涼しいコンクリートデッキの下にヨロヨロと入っていった。
ねぐらの床は土で、出て来て水を飲むと容器に汚れが残り、飲んだと分かる。それも毎日が一日置きにとなり不定期になった。2週間は餌を食べずに水分補給だけの日が続いたと思われる。
推定9歳になることから、家人とは無理やり捕まえて病院に連れて行くことは止めて、最期はウシの思い通りにしてあげようと決めていた。

もう逝ってしまったかと思っていた7月31日、三日ぶりに姿を見せた。しかし、一層痩せて震えながら水を飲み、口を開けても声にならない。暫く草の上に横になったあと、休み休みいつもの場所に戻っていった。

その日以来、水を飲んだ後もなく、思い起こせば31日はきっと最後の姿を見せ、別れを言いに来たのだと思う。
7年近く日々庭で生活し、面倒を見た猫がいなくなると、悲しいし、寂しい。
8月1日を命日と決めて、今日遺影を紙焼きにして、リビングのウシコやニャーの写真の横に並べた。遺骨も遺毛もないが、去年抜歯時に取っておいた歯をウシコと一緒の墓に入れ、仲の良かった親子の墓とするつもりだ。
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2017年07月30日

特急あずさと諏訪湖

20170730.jpg親戚の法事があり、無沙汰をしている三年ぶりの両親の墓参りもしようと、信州に向かった。
今回は家人と一緒ではなく、一人旅になるので、車より楽な電車を利用することにした。
特急あずさに乗るのは、いつ以来になるか分からない程だが、少なくても20年以上前のことだ。ネットの乗換案内で調べると、あずさの始発駅”新宿”利用よりも立川経由にした方が早い•安いと分かり、乗車券と座席指定券は「えきねっと」で予約した。
立川から乗車すると、かなりの混みようで、次の八王子で満席となった。指定席券を買っておいて大正解だった。
乗客は、家族連れよりもビジネスで使っている人が多いようで、隣に座った女性もずっと書類に目を通していた。終点の松本の一つ手前・塩尻を過ぎると、一号車の乗客は2人だけとなった。
今更ながらだが、勤め人時代の出張は新幹線のぞみが多かったので、5列が当たり前のように感じていたが、狭軌を走るあずさは左右2列づつの4列。シートのデザインも洒落ている。トイレも清潔感があって、洗面場所もあり、とうに引退した183系のあずさとは格段の差だった。

安曇野の実家で墓参りをし、翌日の親戚の法事が午前中早くからなので、兄・姉夫婦と諏訪湖半のホテルに宿泊のために車で移動した。
午後4時のチェックイン後、一息入れてから大浴場の温泉に浸かった。夕食の後、7〜8月は毎日15分間諏訪湖に花火が上がるというので、湖畔の歩道を散歩し、良く見える場所に腰を下ろして待った。諏訪湖祭の湖上花火大会は、4万発もの花火が湖上を彩ることで知られているが、15分間の花火でも、混雑もなく色々な花火が見られ、充分に楽しむことが出来た。

10時にベッドに入った為か、4時には目が覚め、朝風呂のあと明けてくる湖の畔を散歩すると、ひんやりとした空気が気持ちよい。昨夜は見えなかった、アジサイが花を付けている。既に散った家の辺とは季節が半月は遅いだろうか。

法事を済ませ、岡谷から二時過ぎの上り特急あずさに乗った。昨日と違い土曜日で家族連れも多く、ほぼ満席だった。
立川で乗り換え最寄りの駅に着くと同時に、土砂降りの雨になった。止みそうもないので、ビニール傘を差しながら、礼服を入れたガーメントバッグと土産の袋を抱え、下半身ズブ濡れになりながらバス停に急いだ。
posted by お〜さん at 20:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月23日

初・茗荷

20170723.jpg狭い裏庭に植えてある茗荷が例年以上に茂った。一昨年、茗荷の根を買って植え足し、それが今年成長したことも茂みの元だ。
7月になれば、ニョキニョキと花芽が現れ、茗荷が採れるものと期待していた。しかし、空梅雨の影響なのか、茂った葉っぱの根元からなかなかツボミが出て来なかった。

二週間ほど前に、ようやく亀の手のような芽が2つ現れた。「そろそろ採れるかも」と家人に言っていたがなかなか花を付けるまでには行かない。家人は、「夏に茗荷は欠かせないけど、買うと高くて・・」と日々待っていた。

そして今朝、葉っぱの間から白い花弁が見えた。数えると8個、ツボミは咲いてしまうと美味しくないので、丁度良いタイミングで今年の初物を採った。
今日は小雨がパラパラしてお湿りもあったので、2・3日のうちにはまた採れると思う。

今年は、小さなトマトやブラックベリーも庭から採れて、食卓に上る。ただ、毎年数百個の実をつける酢橘は、10個も生ってはいないのが残念だ。


茗荷は、もともと東アジアが原産で大陸から持ち込まれ、それが栽培されてきたようだ。
俗に「食べると物忘れがひどくなる」と言われているが、学術的な根拠はなく、栄養学的にもそのような成分は含まれていない。逆に近年、香り成分に集中力を増す効果があることが明らかになっているそうだ。

『茗荷→物忘れ』の一説として、シファレンス共同データベースにこんな説話が載っている。
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仏陀の弟子(十六羅漢のひとり)、周利槃特(しゅりはんどく)は非常に物覚えが悪く、自分の名前さえ忘れることがあったため、自分の名前を書いて首にかけていた。彼の死後、その墓場に草が生えたため、これを名荷と名付けたのが茗荷の由来である。転じて茗荷を食べると物覚えが悪くなるとされた。
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茗荷の栄養と期待できる効能はと言うと、次のようだ。(知っておきたい生活の知恵サイトから)
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茗荷は、ショウガ科ショウガ属の多年草で独特な匂いがする。匂いの要因となっている物は、α-ピネン。
@α-ピネン
   血液の循環を調整したり大脳皮質を刺激して気分を高めるという作用がある。そして、発汗作用や眠気を覚ましたり、消化の促進を図るといった効能がある。
アルファピネンは油に溶ける性質があるので、茗荷を薬味として使う場合にも油分を含む料理等と合わせて食べると吸収がよくなる。
Aカリウム
   体外へ余分な塩分を排出する効果があり、浮腫の防止や血圧を下げ、夏バテにも効果がある。
Bカンフェン
   抗菌作用や抗炎症作用がある。
Cゲラニオール
   鎮痛作用や鎮静作用に効果がある。
Dミョウガジアール
   辛み成分で、血液の流れをよくする作用がある。

ただ、食べすぎには、注意とのコメントもある。
@胃腸に刺激を与え過ぎる
   多少大量に食べると、人によっては問題が出る場合がある。生のままで薬味などにして沢山食べると胃腸に刺激を与え過ぎることがあり、お腹を壊すということがあるようだ。
火を通し天ぷら等にすれば辛みも和らぎ、含まれる成分も弱くなるので多少沢山食べても支障はない。
A栄養の吸収を弱める
   胃が弱い方だとあの苦味成分が栄養の吸収を弱める事があるといわれている。気になる人は、茗荷を刻んで水にさらしてキッチンペーパー等で挟んで軽く水気を取る様にすると良い。

食べ過ぎにさえ注意すれば風邪の予防にもなり、まさに夏の薬味としては打って付けのようだ。
posted by お〜さん at 18:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月05日

モミジの大木

20170705.jpg隣家の親戚夫婦が亡くなって暫くして、家・土地が企業に売られ、単身向けアパートに変わって4年ほどになる。
境界にモミジの大木があり、紅葉は見事なのだが、春から夏には葉が繁ってベランダから見えるはずの新宿方面の景色が塞がれる。
また、夏にはモミジの実が飛び、初冬には枯れた葉っぱが自宅の裏庭に掃いても掃いても溜まる。
どうにかして欲しいと、アパートの管理会社に連絡した。どうもアパートより一段下がった所に植わるモミジと椿が敷地内と言うことをしらなかったらしい。
そして二ヵ月後の今日、業者の人たちが3人かがりで生い茂った敷地内の雑草取りと、モミジの枝の伐採をしに来た。

大木が根元から切られてモミジは見られなくなるのではないかと恐れていたが、二時間の外出から戻ると、それはなかったが、よくもまぁこれ程と言いたいくらい、上部をバッサリと切られ丸坊主となっていた。
こうして、ベランダからの見晴らしはよくなり、実や落ち葉の心配は向こう数年は消えた。
しかし、夏には庭猫の昼寝場所となっていた青い葉が作る日陰も、そこを渡る涼しげな風の音も無くなる。
適度に手入れをしてくれれば言いのだが、持ち主は手入れの間隔を長くしたいだろうし、難しいところだ。
posted by お〜さん at 22:06| Comment(0) | 花・植物・自然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月09日

今年も高幡不動のアジサイ

20170609.jpg毎年5月末になると、高幡不動尊から、写真コンクールの応募用紙を入れた「あじさいまつり」の案内が届く。ここ4・5年コンクールに応募しているからだ。入選は一度も無いが、審査が終わると律儀にも選外の連絡と参加賞のメガネ拭きが届く。
コンクールの入選作を見るとアジサイとともに人の写り込みがある作品が多い。自分の写真は山アジサイやお地蔵様が中心で、肖像権などが煩い人は入れない。もっとも、毎回ウィークデーの8時前だから、その時刻に訪れる人は中高年のカメラ小僧が相場で、被写体としては相応しくないこともあるのだが。

ここは山アジサイに西洋アジサイ、額アジサイ合わせて7500株もあり、特に山アジサイ(注)は自生の3300株と全国から集めた250種700株が見ものだ。
毎回ルートが決まっていて、五重塔を横目に大師堂近辺から裏山の中腹にある鐘楼に向かう。そこから40m高い山頂の高幡城址までの急坂を登り、山内八十八箇所巡回コースを下りながら、山アジサイを撮る。
この坂道は2〜300mほどだが急で、草枕の「山路を登りながら、こう考えた」どころではなく、ハァハァと肩で息をして登り着く。毎年来るたびに、来年は休まずに登る体力はあるだろうかとも思うが、今年は一層だ。

今までにアジサイの写真集は2冊作ったが、山アジサイだけの写真集はどうかと頭をよぎり、丁度見頃の山アジサイを中心に撮ることに決めた。
曇り空で高い木の影ということもあって、フラッシュを炊く程ではないが、露出不足が気になる。また、今年は山アジサイの表情をクローズアップレンズを使って撮るので、頭でっかちで小さく揺れる花への焦点合わせも難しく、撮るたびにディスプレイで確認をする。
あまりに多い種類で名前の覚えようもなく、隣の名前を記した名盤も撮っておくことにした。『土佐』が付いたものが多いが、きっと四国で採れたものだからだろう。
こうして、山中をうろつくこと2時間あまり、300枚ほどを撮って五重塔のベンチに腰を下ろした。

そこでコンクール向けの写真を撮ってないことに改めて気付いた。そのために写し直しても碌なものにはならないだろうと、山アジサイに囲まれたお地蔵様を何枚か収めたのでその中から選ぶことにした。
結構足腰に疲れが来ていたが、いつものスポーツジムに向かうためベンチから重い腰をあげた。

ジムのシャワールームの鏡で、曇り空で山の中がほとんどだったのに、顔と手が日焼けで赤くなっているのが分かった。


(注) 額アジサイとの違い
山アジサイは、主に関東の太平洋側から四国・九州に分布し、半日陰の湿り気のある林や沢沿いに生育している。
額アジサイ同様に両性花を中心に装飾花をつけるガク咲きだが、額アジサイより背丈は低い。
葉も小型で細長く産毛があり光沢に乏しい(額アジサイの葉は大きくて、産毛はなく艶がある)。
開花時期は山アジサイの方が5月下旬頃〜6月頃と早い。
posted by お〜さん at 21:25| Comment(2) | 花・植物・自然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする