2017年10月30日

今時の紫陽花が欲しい

20171028.jpg6月になると庭の紫陽花が咲く。額紫陽花が5種類と西洋紫陽花が1種類だ。今年も開く時期の差こそあれ、すべての株が花を付けた。
しかし、30年以上前からの株で、近所に今時の華やかなものや可憐なものを見ると、わが家でも新しい品種が欲しくなる。
とりわけ、散歩コースのアパートの道際に咲く赤やピンクの額紫陽花はとても可憐だ。また、近所のお宅の真っ白で大振りの西洋紫陽花は、華やかさと気品が同居していて見事だ。
紫陽花の増やしたいとインターネット調べると、株分けと挿し木の両方があり意外に簡単ということで、挑戦意欲が沸いて来た。

アパートの額紫陽花は、管理しないので年々大きくなって、道路にだらりと沢山の何十本もの枝が垂れ下がっている。その邪魔な枝を花が終わってから頂くことにし、8月中旬に挿し木用にと10本程きってきた。
挿し木の時期は7月に花が終わったら直ぐが良いらしく、時期的には大分遅れている。夏過ぎに切ると翌年の花芽も切り落とすことになってしまい、翌年花が咲かないとのことだ、
それも致し方ないと、ネットの例にならって挿し木に挑戦した。花の一節下の二番目の葉が出た前後の枝を10cmほどに切り、上部の葉を半分カット、下の葉を取り除き、買って来た鹿沼土に差した。
一ヶ月ほどで発根するとあったが、根は生えず、葉もすべて葉が落ちてしまい、かろうじて一本だけが花芽が付いていた。日陰に置き、水遣りをかかさなかったが、恐らくは時期が大幅に遅かったのが原因だろう。

近所の白い紫陽花は、8月末にその家の奥さんにお願いしたところ、直ぐに根の付いた株分けの3本と花の直下部分の枝を6本程持って来てくれた。枝は額紫陽花同様に鹿沼土に差し、根の付いたものは鉢の培養土に植えた。
一ヶ月経たないうちに株分けの2本は新しい葉を付け、徐々に大きくなってきた。挿し木は4本の葉が残り何とか生きているようだ。
10月になって、挿し木を持ち上げてみると細かい根が張っていて安堵した。

そこで、プランターと植木鉢、肥料入り培養土を用意し、11月に入る直前に植え替えをした。
かろうじて一本残ったアパートの額紫陽花の挿し木は小さい鉢に、白い西洋紫陽花の挿し木は5本をプランターに植えた。
西洋紫陽花の株分けした2本は一緒に少し大きめの鉢に植え替えた。

最高気温も20度を切っての晩秋での植え替えだが、こまめに面倒をみて冬を乗り切らせたいと思っている。
そして、株分けは来年、挿し木は再来年に花を付けるのが目標。長期戦になるが、地植えにして、わが家の庭に何種類もの紫陽花が咲かせたいものだ。
posted by お〜さん at 09:45| Comment(0) | 花・植物・自然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月13日

今年のコスモス撮り

20171012.jpgJR西立川に下車し、国営の昭和記念公園に行ってきた。
ここ何年かはこの時期のコスモス撮影は欠かしたことが無い。今は9月中旬からのコスモスまつりの最中で、花の丘、原っぱ東花畑、西畑の3ヶ所に大きなコスモス畑があり、咲く時期をずらして植えられている。来園者の一番の目当ては、都内随一の広さを誇る花の丘 = コスモスの丘。毎年きているのに花の最盛期に当たったことはなく、去年は10月20日で萎れた花が目立った。この為、今年はと一週間早めて行くことにした。

9時半の開園に一番乗りして、3時間420円也の自転車を借りて花の丘に急いだ。青空の下で紅葉していない木々に囲まれた自転車専用路を風を切って走るのは実に気持ちが良い。そんな気分に浸ってペダルを漕いでいたら道を間違えてしまい、丘に着いたときには既にカメラを構える人が20人ほどいた。
肝心のコスモスは、センセーションやドワーフという品種は運よくほぼ満開の状態だったが、夏が冷夏・日照不足・雨が多かったなどの影響か、所々に花をつけていない箇所があった。
普段の18〜70mmのレンズのほかに、花が密集して写るよう400mmの望遠ズームレンズを使って丘に登りながら撮った。コスモスは表側よりも光を通した裏側からの方が美しいので、ついこれを多く撮ってしまう。
中高年のカメラ男子・女子を中心に、時間とともにウィークデーとも思えないほど増え続けた。
その上、28度という真夏のような陽気にバテがきて、次の原っぱ東畑に移動することにした。

去年の東畑はキバナコスモスが見事に咲き誇っていたので、今年もと期待したのだが、既に盛りは終わって散った花も多く、残念だった。それでも、レモンイエローが一面に広がっていて、遠目には絵になった。

それではと、10月下旬から11月上旬が見頃という品種を植えた西畑に廻った。ここもイエローを中心とした品種だが、まだ蕾のものも多くて、ざっとの一回りだった。

昼に差し掛かるというのに、5千円札しかなくて自販機を使うことが出来なく、この暑さの中で入園から水分を採ってなく、熱中症寸前。ようやく普通の店で、冷冷のペットボトルのお茶とコスモスソフトクリームで咽喉を潤した。
posted by お〜さん at 20:55| Comment(0) | 花・植物・自然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月01日

中秋、山茶花/酢橘/ネコ草

20171001.jpg月初めは、谷になった道路を挟み反対側の丘にある公園墓地に親友の墓参に行くことにしている。三年前までは毎週土曜日に行っていたが、十年も経てば友も煩いと思うに違いないと、それ以降は月初めと盆・正月にした。
今日は10月1日、遅い朝食前に散歩がてら墓参をして戻ったが、駐車場の脇の山茶花が青空を背景に白い花を付けている。そういえば、例年の山茶花も秋彼岸も過ぎたこの頃に咲き出す。

山茶花の隣に酢橘の木があり、いつもなら数百個の実を採って親戚や知人に送る時期を迎える。しかし今年は、台風の影響があった一昨年の百個という不作とは比べられないほどの凶作。実の数は十数個しか見当たらず、その上小ぶりだ。それでも、初物をと、大き目のものを探して5個採り、夕食の鍋に添えた。
今年の不作の原因は良く分からないが、花の数が驚くほど少なかったことから、恐らくは春先から初夏の天気が関係している。酢橘も気候変動の影響を受ける時代になったかもしれないが、来年はそれに負けずにたわわに実って欲しい。

こんな中秋間近だが、季節を問わず育てている植物がある。
それはネコ草で、家猫2匹のうちの一匹専用で好んで食べる。食べても、暫くすると何処かまわず吐いてしまい、家人が後始末をするのが日常だ。一説のよると、毛玉を吐き出す為に、草で胃を刺激しているというのだが、家の猫に限っては定かではない。
このネコ草は花屋でも一鉢2〜300円で売っているのだが、近所の2軒の花屋には無いことが多い。そのため、専用の土と種(恐らく麦の一種)を買い、プラスチックの鉢を使って家で育てている。育つ速さは、季節によって違っていて、気温の高い夏は5日ほどで草丈7cmほどの食べ頃に育つ。この頃には、部屋に置いてある草が15cm程にもなって、不味いのか家猫も食指を動かさなくなり、新しい鉢との入れ替えのタイミングと重なる。
夏を過ぎて気温が低くなるにつれて、草の育つ早さは遅くなり、秋は一週間弱、冬は暖かい部屋でも1週間強と長くなる。
今日も、先週月曜日に種を蒔いた草が少し短めだが食べられる長さになり、伸びきって色が悪くなった書斎に置いた鉢と入れ替えた。
青い草を見せると、それが好物の家猫は鳴きながら走ってきた。その後暫くして、リビングから「クーちゃんが吐いたわ」の声が聞こえた。
posted by お〜さん at 14:29| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月04日

庭猫ウシの最期

20170804.jpg2歳位に見えるホルスタイン模様の野良猫がやって来たのは、今から7年程前のことだ。呼び名はその模様からウシと付けた。最初は、先住2匹の猫のエサを横取りしに顔を見せていた。それに慣れるに従って、オス猫が自分だけと分かったのだろう、我がもの顔で仕切るようになり、とうとう居ついてしまった。

そして翌年には、先住の三毛猫のニャーに強引に迫り、自分と同じ模様のオス猫を産ませた。ウシの子だからウシコと名付けたこの子が、自分の子と知ってか知らずか、食事の時も昼寝の時も一緒に過ごす事が多かった。
可愛がっていたウシコが2歳を前にして交通事故で亡くなった時には、幾日か昼に夜に探し回り涙を誘った。庭にお墓を作るとその周りにずっと座っていたりもした。

野良猫の寿命は、完全室内飼いの約15年に比べ三分の一の5年とも言われる。ウシの場合は、軒下のダンボール小屋が住まいの庭猫で、朝晩の餌は結構上等なものを食べさせたので、栄養満点で毛艶も良かった。アレルギーを持っていて、年中 目の周りがクシャクシャになり、鼻水を垂らしていたが、動物病院には去勢手術以外に掛かることは無かった。
家の脇の通りを通る子供達にはウシのファンが多く、姿を見えないと「ウシはいないの?」などと気に掛けてくれようになっていた。

そんなウシが今から一年半前に餌を飲み込み辛くなり、病院に連れて行った。歯周病と分かり、小さい前歯を残して12本も抜歯し、歯肉炎の手術も受けた。この後、柔らかい餌に替えて食欲も元に戻り、近頃では他の猫用の固い餌にまで首を突っ込み横取りするまでになっていた。

7月10日ころ2日間全く姿が見えず、置いておいた餌も食べ形跡がなく心配していた。三日目の夕方、痩せ細り右脚を引き摺りながら姿をみせた。スープを少し飲んだものの缶詰には口も付けず、水を沢山飲んで、涼しいコンクリートデッキの下にヨロヨロと入っていった。
ねぐらの床は土で、出て来て水を飲むと容器に汚れが残り、飲んだと分かる。それも毎日が一日置きにとなり不定期になった。2週間は餌を食べずに水分補給だけの日が続いたと思われる。
推定9歳になることから、家人とは無理やり捕まえて病院に連れて行くことは止めて、最期はウシの思い通りにしてあげようと決めていた。

もう逝ってしまったかと思っていた7月31日、三日ぶりに姿を見せた。しかし、一層痩せて震えながら水を飲み、口を開けても声にならない。暫く草の上に横になったあと、休み休みいつもの場所に戻っていった。

その日以来、水を飲んだ後もなく、思い起こせば31日はきっと最後の姿を見せ、別れを言いに来たのだと思う。
7年近く日々庭で生活し、面倒を見た猫がいなくなると、悲しいし、寂しい。
8月1日を命日と決めて、今日遺影を紙焼きにして、リビングのウシコやニャーの写真の横に並べた。遺骨も遺毛もないが、去年抜歯時に取っておいた歯をウシコと一緒の墓に入れ、仲の良かった親子の墓とするつもりだ。
posted by お〜さん at 13:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月30日

特急あずさと諏訪湖

20170730.jpg親戚の法事があり、無沙汰をしている三年ぶりの両親の墓参りもしようと、信州に向かった。
今回は家人と一緒ではなく、一人旅になるので、車より楽な電車を利用することにした。
特急あずさに乗るのは、いつ以来になるか分からない程だが、少なくても20年以上前のことだ。ネットの乗換案内で調べると、あずさの始発駅”新宿”利用よりも立川経由にした方が早い•安いと分かり、乗車券と座席指定券は「えきねっと」で予約した。
立川から乗車すると、かなりの混みようで、次の八王子で満席となった。指定席券を買っておいて大正解だった。
乗客は、家族連れよりもビジネスで使っている人が多いようで、隣に座った女性もずっと書類に目を通していた。終点の松本の一つ手前・塩尻を過ぎると、一号車の乗客は2人だけとなった。
今更ながらだが、勤め人時代の出張は新幹線のぞみが多かったので、5列が当たり前のように感じていたが、狭軌を走るあずさは左右2列づつの4列。シートのデザインも洒落ている。トイレも清潔感があって、洗面場所もあり、とうに引退した183系のあずさとは格段の差だった。

安曇野の実家で墓参りをし、翌日の親戚の法事が午前中早くからなので、兄・姉夫婦と諏訪湖半のホテルに宿泊のために車で移動した。
午後4時のチェックイン後、一息入れてから大浴場の温泉に浸かった。夕食の後、7〜8月は毎日15分間諏訪湖に花火が上がるというので、湖畔の歩道を散歩し、良く見える場所に腰を下ろして待った。諏訪湖祭の湖上花火大会は、4万発もの花火が湖上を彩ることで知られているが、15分間の花火でも、混雑もなく色々な花火が見られ、充分に楽しむことが出来た。

10時にベッドに入った為か、4時には目が覚め、朝風呂のあと明けてくる湖の畔を散歩すると、ひんやりとした空気が気持ちよい。昨夜は見えなかった、アジサイが花を付けている。既に散った家の辺とは季節が半月は遅いだろうか。

法事を済ませ、岡谷から二時過ぎの上り特急あずさに乗った。昨日と違い土曜日で家族連れも多く、ほぼ満席だった。
立川で乗り換え最寄りの駅に着くと同時に、土砂降りの雨になった。止みそうもないので、ビニール傘を差しながら、礼服を入れたガーメントバッグと土産の袋を抱え、下半身ズブ濡れになりながらバス停に急いだ。
posted by お〜さん at 20:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする